小学2年生だった私は、BCG検査で陰性となりましたが、ばあさんは陰性⇒結核⇒伝染病⇒隔離病院⇒一生退院できない、という古い図式があったようです。今や、隔離病院は総合病院へと統合され、結核自体が抗結核薬により3ヶ月から6ヶ月で治り、再発率も高くない病気です。廃屋となった旧隔離病院は、もれなく幽霊が出るという噂で都市伝説の類となっています。
ばあさんには戦前の考えかたしかなかったようです。ちなみにばあさんは明治31年生まれで、「私のおばあさん(私のひいひいばあさん)は、大名行列を見たことがある」という自慢をしてた人です。
さて、ばあさんに勝手に隔離病院へ行くことに決められてしまった私は、
「昔は、〇〇に隔離病院があった」
とかいう訳の分からない情報で、三田の山中に隔離されるらしいことに勝手に決められていました。
イノシシ(うり坊) |
ばあさんは「隔離病院へ行ったら満足に食べられんらしいから、今のうちに好きなものを食べさせてやろう」と言って、毎日のように甘いお菓子をふんだんに与えてくれます。この情報も違っています。少なくともぼたん鍋とシイタケはあったと思うのです。
ちょっと考えれば、病人にまともな食事をさせないと、治るものも治らなくなるのですが、そこは、古い考えに縛られている人、そう信じて疑わない。そして、食べる。太る。太る。太る。太る。
それからしばらくして、再検査があり結核ではなかったのですが、甘いもの好きになってしまった私は、見事にまるまると太っていました。
それが50年程前の話。中学から大学までバスケットボールをやっていたおかげで、その間は発覚しなかったのですが、バスケットボールをやめた途端に15kgほど体重が増え、そのまま、幾度のダイエットを乗り越えて未だに大学時代から比べると20kgほど体重オーバーしています。実際、今、体重がいくらあるか、恥ずかしくて言えんわ。
「気をつけよう、甘いお菓子は ばあさんの罠」
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